時間の無駄

例えば宇宙ごみのように誰も見ておらず、認識もされずただそこに在るだけのブログであっても、日々のうらみつらみを書く権利が私にあるのだろうか。

全ては自分の行動が招いた結果であり、どこかに何かを言う資格すら持っていないような気がする。

全部俺が悪い、年を重ねる毎に栗山監督の気持ちがわかる。

SNS辞めたら本当にやることがない

その時間でヤフーのスポーツニュース何往復もしてる

シーズンオフだから大山が柵超え何発だとか藤浪が変化球練習してるとかどうでもいい記事しかない

どうしようもなく気分が落ちているとき、片やどこかで安心している自分がいることに気付く。

人生ゲームの札束をきちんと金額ごとに集めて片付けたときのような、全てがあるべきところに収まった感覚に包まれる。

そうそう、これでよかったんだ、と。

11/23

人生の流れを変えたくて縁切り寺に行った。

勧めてくれた行きつけの美容師の言うとおり効き目は抜群で、当時切実に縁を断ち切りたいと思っていたものとは距離をおくことができた。

だけど今にして思えば、それは切るべき縁ではなかったような気もする。

頭が悪いから後悔しかできない。

 

大学生の頃、頬がこけてるのにお腹が出てる英語担当のババアに肉ガイコツってあだ名つけてたけど、中年にはまま見受けられる現象なんだなと最近になって思った。当時は衝撃だったんだけど。

 

という文章を書こうと思って、大学生って打とうとしたら大学全入時代って言葉が候補として先頭に出てきた。日常会話で使うか?大学全入時代